前回までのあらすじ…は、メンドーなので省略。
早くも織田の勢力が三河まで及んでいるとなると、これは少々厄介である。なぜなら他家でプレイしているときの状況では、織田が健在ならば、必ずといっていいほど今川を滅亡させているからだ。史実でも負けちゃっているし…
ここは冷静に状況を判断。兵力ではほぼ同数。家臣の能力は織田軍団が勝っている。となると作戦は二つに一つ。
・オペレーションA、名付けて「逆指名まで待てない!」。
つまり織田軍団の武将を引き抜いて兵力差で圧倒するのだ。
・オペレーションB、それはいわゆる「ダンケルクの奇跡」。
織田家の攻撃目標国が変わるまで尻尾を巻いて撤退せよ。
はてさて、どうするか?
このターンは織田家よりも先に動けることを利用して、背後の守山城を攻略するという作戦も一見有効に思える。しかし守山を押さえても刈谷城からの退路には影響しないため効果は薄い。むしろ空き城となった岡崎を取られるような事態に陥れば、我が軍の退路が塞がれてしまう。なによりゲーム開始直後に撤退するなんてことが凄くシャクにさわるので、ここは当家の威信の高さと織田家との石高差を信じて、サクッと信長の家臣を引き抜くことにする。
織田軍団の中でめぼしい武将は佐久間盛重であろう。前出の「金剛武将伝」によると軍事は「9」!い〜じゃん、い〜じゃん。引き抜きが成功した暁には、武辺において当家随一となろう。(「9」で最高とは、かなり情けないが、いた仕方なし)
それでは早速スカウトを任命。本心では三国一の内政オタク義元本人が直接声かけしたいところだが、当主は引き抜きや同盟には関われないルールなので、やむなく葛山氏元に実行を命じた。くーくーくるきたきてくれば、の一念で目一杯マウスをクリックすれば、ギシギシと心地良き手応え。力込めすぎだ、オイ!眼前では青赤のバーが左右に振れて、見よ!盛重はたちまち当家の譜代衆となったではないか!
これで兵力は当家が有利。家臣の軍事能力に不安は残るが、堂々正面から信長を撃破することも可能だろう。躊躇せずに合戦合戦合戦!いざ出陣すれば、殊勝にも信長は野戦に応じてくる。そうでなければ虚けはつとまるまい。鶴翼に展開した信長の正面には義元当人が、信長軍で最も軍事能力の低い平手政秀の手勢には、いましがた引き抜いたばかりの佐久間が相対する。14ラウンドにわたる激戦の末、ついに平手政秀が敗走。信長は尾張へと逃れた。続く攻城戦も難なく制して、遂に三河を統一したのだ。これで名実ともに「海道一の弓取り」だね。
次のターンに今川軍は余勢を駆って尾張になだれ込み、守山城を攻略。春には鳴海城も手中に治めて那古屋城攻略の準備は整った、はずだったがオレは初心者にありがちな戦略ミスを犯していたんだな。それは守山城を先に攻略してしまったこと。守山の城は4つの街道を抑える要害ではあるが、それは同時に敵の攻撃正面も4個所あるということ。那古屋を落としたとしても守山を空ける訳にはいかず、かといって遠江にまとめている家臣達では心許なさを通り越して存在を忘れていたほど。この人材難を解消するための手っ取り早い方法、それは引き抜きでしょう。ということで夏フェーズに柴田勝家を、更に秋フェーズには森可成をサクサクッとゲットし人材不足もこれで解消。ここでも葛山氏元が大活躍!よくやった褒めてつかわす。(でも恩賞はなし)かなりズルイやり口のオレではあるが、相手がコンピュータなのでノー問題。対人戦であったとしたら暗殺されてしまうところだ。(それは「信長の野望(R)」だってば)
反面ツイていないことも。収穫の秋に豊作がやってこない。東北に始まって、関東甲信越、中部中国九州と豊作、ほぼ日本全国で豊作にもかかわらず、あれよあれよと東海道は素通り。まぁ凶作にならなかっただけよしとするか。
引き抜いた柴田、森と義元で守山を守備し、別部隊はチャクチャクと拠点を攻略してゆく。
翌1555年夏の更新フェーズ。尾張における織田の拠点が岩倉と犬山城だけとなったところで、ふと気になる注進(イベント)が…
「武田家は武田信繁が継ぎました」ってなんだろう?信玄は早くも病死?強力なライバルの一人が消滅したんだから、同盟が切れたところでよしとしよう。他家のことなんか気にすまい。ひたすら我が家は都まで。
しかしこれを気にしなかったことで、後々ヒドイ目に遭おうとは、神の味噌汁((C)吉田聡)、じゃなかった、まさしく神のみぞ知るとはこのことだ。
一旦気にしないと決めたので、徹底的に無視した間抜けなオレは、織田からの使者をムゲに追い返していた。「いまさら同盟などと、織田の子倅は世迷い言を申すのか!」などと、信長を追いつめたことで戦勝気分、すっかりバカ殿状態のオレ。
……
そのころ不気味な影が音もなくジワジワと忍び寄っていたのだ。
以下、次回に続く。