袁術陣営

揚州。
袁 術
袁 術

う〜む。退屈じゃのう。退屈じゃの〜。奇天烈よ。妾のために歌でも歌うのじゃ〜

可動式玉座(仮)の上で足をばたつかせながら袁術は相も変わらずの無茶振りである。
紀 霊
紀 霊

む。歌でございますか。自信は有りませんがお嬢様がそう仰せられるのならば……。そして私は紀霊でございます

紀霊は、喉に手をあて声の調子を確かめながら満更不満でも無い様子。
張 勲
張 勲

お嬢様。青州に黄巾賊の残党が現れたようですぞ!

入って来るなりそう叫んだのは、紀霊と並ぶ袁術軍の将、張勲。
ちなみに遠征に出かけると現地のお土産を必ず買って帰る律儀者であるのは内緒だ。
紀 霊
紀 霊

あ〜。あ〜。これはこれは〜張勲どの〜

張 勲
張 勲

紀霊殿。相変わらず何をやっておるのかさっぱりわかりませんぞ

胸に手をあて歌うように返答する紀霊に張勲は何とも言えない微妙な表情をしていた。
袁 術
袁 術

それがどうしたというのじゃ。張勲? 賊の討伐など義勇軍にでも任せておけばよいではないか

いかにも興味がないというようにあっちへ行けとばかりに手を振ってゴロリと横になる袁術。
袁 術
袁 術

そのような話では、蜂蜜も美味しくはならぬぞ?

袁術は張勲に背を向けて壺の中の蜂蜜をガサゴソと掻き出し始めた。
こうなると機嫌を損ねた袁術はテコでも動かないはずである。
しかし、張勲は確実に袁術が興味を抱く情報を握っていた。
張 勲
張 勲

ふはは。これはお嬢様にとっても朗報ですぞ!

ピクリ。と袁術が動いた。少し興味が湧いてきたようだ。
紀 霊
紀 霊

どういうことなのでございまいましょう。張勲殿

張 勲
張 勲

青州は袁紹お嬢様の支配する冀州の隣。そしてここからがこの話題のキモなのですぞ

袁 術
袁 術

なん……じゃと?

異母姉である袁紹の名前を聞いて、袁術はムクリと身体を起こして
珍しくきちんと可動式玉座(仮)に腰掛ける。
張 勲
張 勲

おぉ。お嬢様が起たれましたぞ!

歓喜の声を上げる張勲。
そう。彼らは宦官皆殺しの時のように袁術はやればできる子だと
信じているからこそ従っているのである。
紀 霊
紀 霊

そのようでございますな。袁紹様とお嬢様はまさに犬猿の仲。もちろんお嬢様は血統証付きの犬で、袁紹様が粗野な猿でございます

袁 術
袁 術

なにげに恐ろしいことを言うのう。奇天烈は

紀 霊
紀 霊

紀霊でございます。私にとってお嬢様は袁術様だけでございますれば

袁 術
袁 術

そうじゃ。張勲。それで姉上に何かあったか? ようやく野垂れ死んだのかの〜

張 勲
張 勲

お嬢様も恐ろしいことを仰せですぞ。そう。袁紹お嬢様は北の公孫讃とのにかかり切りのため、今は兵を動かすことはできぬのですぞ!

張勲の言うとおり、袁紹は公孫讃を警戒して兵を北に向けている。
迂闊に動くことはできないに違いない。
袁 術
袁 術

うむ。そこを妾の軍が叩くという話なのじゃな?

普段は怠け者で何もしない癖に、嫌いな奴への嫌がらせや
部下への過酷な処罰を考えるときの袁術の頭の回転は恐ろしく速い。
今も、状況を聞いただけで一瞬で状況を理解した。
普段からこうなら部下達も困らないのであろうが、このもう放っておけないところも彼女の魅力?
張 勲
張 勲

そう。袁紹お嬢様の性格を考えれば天下の名声のために是非とも賊を討伐したいとお考えになるはずですぞ

紀 霊
紀 霊

しかし、動かすべき兵は無いのでございますね

もはや完全に乗り気らしく、袁術は玉座から身を乗り出して、張勲の話に聞き入っている。
張 勲
張 勲

お嬢様の兵がわざわざこの揚州から出向いて青州の黄巾賊残党を仕留めれば、お嬢様の名声は高まるばかりですぞ!

紀 霊
紀 霊

そして、目と鼻の先にいる賊を野放しにした袁紹様は、お嬢様に比べて徳に欠ける凡君と罵られるわけでございますな

張勲と紀霊のやりとりを聞いて袁術は、とても嬉しそうな笑みを浮かべてクスクスと笑い始めた。
袁 術
袁 術

張勲。紀霊よ。青州の賊の討伐を命じるのじゃ。妾のために粉骨砕身の働きをせよ〜

張 勲紀 霊
張勲&紀霊

はは〜

袁 術
袁 術

嬉しいのう。嬉しいのう。姉上がぐぬぬっと悔しがる顔が目に浮かぶようじゃ。ククク

すでに討伐した気分で上機嫌な袁術だが、紀霊はそこで有ることに気がついた。
紀 霊
紀 霊

ところで張勲殿?

張 勲
張 勲

ん?

紀 霊
紀 霊

ここ揚州からでは直接青州を攻めることは不可能では無いでしょうか?

そう。ここ揚州からでは豫州を通過するか徐州を通過するかしなければ青州を攻めることはできない。
袁術にとっては魅力的な提案だが、実現できなければそれは絵に描いた餅でしかない。
袁術はそのことに気がついていないようだし、こういうことを聞くのは紀霊の役目である。
張 勲
張 勲

そこはご安心なされよですぞ紀霊殿。徐州の陶謙殿が快く協力を申し出てくれました。青州へは、徐州を通過して向かいますぞ!

紀 霊
紀 霊

左様でございますか。お嬢様の徳を陶謙どのもご理解いただけた……と

張 勲
張 勲

え? この話をしたとき陶謙殿も涙を流して喜んでおられましたぞ!ゴニョゴニョ

袁 術
袁 術

妾の徳の前に平伏するとは陶謙も可愛い奴よ。張勲。お礼に南蛮より取り寄せた最高級蜂蜜を付け届けておくのであるぞ♪

袁術は上機嫌で、部屋の中のお嬢様専用蜂蜜倉を指さしてそう言った。
ちなみに普段は前を通っただけで斬首である。
張 勲
張 勲

この状況で、断った場合の復讐が恐くて無理矢理納得したなどとは申せませんぞ……

袁術は従う者には気前も良いこともあるが、
逆らうに者は容赦せず陰湿かつ執拗な報復をすることは群雄の知るところである。
あえて理由もないのに、その行動を妨げる者はあまりいないだろう。
袁 術
袁 術

成功の暁にはそなたらにも褒美を与えなくてはなぁ。ククク。討伐が終われば、姉上の心の傷に塩をたっぷり塗り込む手紙を書いて送るのであるぞ

恐ろしく陰湿なことを最上の笑顔で呟く袁術。
紀 霊
紀 霊

それでは討伐は我らにお任せ下さいませ。お嬢様

張 勲
張 勲

今回もお土産を買って参りますぞ!

袁術の喜ぶ様に心の底から嬉しそうな紀霊と、主の底知れぬ恐ろしさに心の内の冷や汗を拭う張勲。
ともかく。こうして、青州の黄巾残党を討伐するために袁術が兵を送ることとなったのである。