★本コラムへのご意見・ご感想などありましたら、、までお寄せください。

往年の名作ゲーム【その2】(2005.7.29)

 前回は「Lode Runner(ロードランナー)」 の開発秘話が中心であったが、今回は、その続きである。

 そもそも、「Lode Runner」とは、一言で言うとアクションパズルゲームである。下はPC-88版の画面写真であるが、パーツとしては「レンガ」「プロック」「バー」「はしご」が基本で、ところどころにある「黄金」を全て集めると、その面をクリアしたことになる。プレイヤーが操作する「兵士」と、それを妨害する「番兵」がいて、さらにレンガと見かけは同じだが「落とし穴」になっているレンガもある。レンガについては、兵士は、それを持っている銃で穴を掘ることができる。そして、その穴に番兵を落とすと、一定時間、番兵を閉じ込めておくことができる。他にも、ルールはあるが、とにかく番兵をうまくかわしながら、もしくは、レンガを掘り進みながら、全ての黄金を集めるゲームなのである。

 最初から150面が用意されていて、それを全てクリアするだけでも、そうとうな時間がかかる。中には、ひじょうに巧妙なパズルになっている面もあって、どうやってクリアするのかを考えるだけでも、たいへんな時間がかかる場合もある。しかも、その面をユーザーが作ることもできる「エディタ」まで備えていた。そして、そのユーザーが作成した面を集めて、後日、「Championship Lode Runner」という製品まで発売されたのである。勘のするどい方はピンと来たかもしれないが、そうである、まさに「大戦略」と似たようなノリのゲームなのである。

 「大戦略」も、かなりシビアな条件でしか攻略できない、というようなマップもあったりするが、ゲームの途中で考える時間は、いくらでもかけられる。しかし、「Lode Runner」の場合には、アクション要素があるので、事前にクリアする道筋が分かっていたとしても、微妙なタイミングを合わせることができないと、また最初からになってしまうので、論理的に解くだけではない要素が、その魅力でもある。

 システムソフト社においては、その攻略法などをまとめた「ロードランナーファンブック」という書籍まで発行した。パズルとしての解法の定石や、裏技的なテクニックだけに留まらず、原作者のダグ・スミス氏へのインタビュー記事や、新規の難解面50面など盛りだくさんの内容であった。そして、そのファンブックの中において「ロードランナーファンクラブ」の会員まで募集をしたのである。このときの経験が、後の「大戦略ファンクラブ」にも引き継がれたのである。さらに大きな功績として、この「Lode Runner」関連製品に魅せられて多数の優秀な人材が集まり、後のシステムソフト社の開発陣に加わることになったことが、会社にとっての最大のメリットだったとも言える。

 さて、「Lode Runner」はあまりにも完成されたパズルゲームであったために、改良の余地がなかった。その後、続編的に3D化された「Lode Runner 2」などが他社より発売されたが、もはや原作の良さが損なわれており、特にパズルの要素が大きく減退してしまった。はたして、今となっては、名作パズルゲームとしての名残りも残っていないのは、寂しい限りである。

 実は個人的には、「復刻版・ロードランナー」のようにして原作に近いものを発売したいと、以前から心に秘めているのであるが、いかがなものであろうか?

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遥かなるロシア(2005.7.27)

 知らない人は少ないと思うが「テトリス」は、ロシア人アレクセイ・パジトノフ氏らが考案したアクション・パズルゲームである。それに触発されたと思われるのだが、1990年にアスキー社が、旧ソ連(ロシア)でソフトウェア・コンテストを開催した。実は、そのコンテストについては、ソ連共産党機関紙プラウダから「アスキーがソ連のソフトウェアをだまし取った」と報じられるというエピソードもあった。

 その翌年1991年にソビエト連邦が崩壊してロシア連邦に縮小したのであるが、まだ混乱が収まっていなかった1996年、地元・福岡市の、ある会社から、ロシアでの仕事の話が持ち込まれた。ゲームとは全く無縁の会社であったが、ロシアと貿易をしているとのことで、アスキー社のコンテストと同様のことをやらないか? という申し出であった。今さら同じことをやっても、ということで乗り気ではなかったのであるが、当時は、そう簡単に行ける国ではないし、いろいろと紹介してくれるということだったので、まずは行くだけ行ってみようということになった。

 成田空港からアエロフロート機に乗り、モスクワを目指した。シベリアを横断する形になるのであるが、延々と続くツンドラ地帯の広大さに、気が遠くなる思いであった。ようやくモスクワ空港に到着したが、現地の人がチャーターしてくれていた車は、予想通り(?)のポンコツ車でフロントガラスをガムテープで補修していた。でも、走るだけマシらしくて、市街地に向かう道すがらには、故障して放置されたままの車が、やたらに目立った。

 いろいろなところを訪問した結果、2つの案件がまとまった。1つは、現地のコンピュータ専門学校が主催の簡単なコンテストを行い、優秀な作品が応募された場合には、商品化を考えるという案件と、体制崩壊で失業状態のロシア科学アカデミーの研究員に対して研究開発的な仕事を発注する、という案件である。日本との物価の差が大きく、かなり低額の費用でできるので、ダメ元でやってみようということになった。

 問題は後者の研究開発である。何をしてもらうべきか悩んだ結果、やはり「大戦略」がいいだろうということで、当時、PC-98版からWindows版への移行を進めようとしていた「大戦略IV」の一部を委託することになった。そもそもソ連時代には、ゲームなどどいうものに触れたことすらない人たちであったので、どうなることかと不安でいっぱいであったが、意外にもそれなりの仕事をやってくれたのである。さすがに英才教育を受けた天才級の人は違うなと感心したしだいである。その後、そのときの成果が生かされて、1998年発売の「リアルタイム版大戦略+インターネット対戦」へとつながっている。つまり、リアルタイム系の大戦略には、今もロシアの血が一部に含まれているというわけである。

 このコラムを書いていたら、ロシアでのいろいろなことが急に懐かしく思い出された。また機会があれば、ご紹介しようと思う。

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備えあれば(2005.7.25)

 東京で震度5強の地震が発生した。3月20日の福岡県西方沖地震が震度6弱であったので、震度では少し小さいものの、東京の知り合いの人に数人聞いてみたところ、13年前の震度5のときよりも揺れがひどかったとのことであった。幸いにして、大きな被害はなかったようであるが、交通機関がマヒしたり、エレベーターが多数止まったりと、都市型の被害が多く発生したようである。

 それにしても、最大震度の足立区の震度データが、気象庁への入電に22分もかかった原因は、東京都の「地震計ネットワークシステム」のサーバーが古い機種のままだったために、処理が追い付かなかったという、あまりにもお粗末な話に唖然とした。それでなくても、いつかは大地震が来るということを、誰もが自覚しているはずの東京都にして、この有様である。つくづく日本人は、危機意識が希薄なのだなと思ったしだいである。

 回りを海に囲まれた日本は、元寇を除くと、外国から大規模な侵略を受けた経験がない。その元寇ですら、「神風」が吹いたということで他力本願的に納得してしまっている。その過信が、太平洋戦争の悲劇へとつながっているのではあるが、そういう国家レベルの話にとどまらず、個々人においても自分の身は自分で守るという意識が希薄であることは、今さら言うまでもないことであろう。もっとも、だからと言って、アメリカのように銃を持つことを正当化するつもりもない。

 かく言う私自身、自他ともに認める、超楽観主義の人間である。最初の福岡の地震で自宅が甚大な被害を受けたことは、過去のコラムで記述した通りであるが、その後、小さい余震が続く中、地震の備えをどうするか、あまり深く考えていなかった。と言うか、もう、これで二度と来ることはないだろうと、高をくくっていた。そもそも私は、今まで「保険」をかけても、その恩恵に預かった経験がないために、今回も、対策は必要ないだろうと考えていた。

 ところが、私の家内は、地震の片付けが終わると、すぐさま、地震対策グッズを買いに行くと言い出した。本音では、もう大丈夫だ、と思ってはいたものの、まあ、気休めにはなるかな、ということで、家具の転倒を防止する、天井からの「突っ張り棒」を購入することにした。そして「これが役に立つことは永遠にないだろうな」と思いながら、取り付けをしたのである。

 ところがちょうど1ヶ月後の4月20日に、震度5強の最大の余震が早朝に起こったのである。またしてもベッドの中で、今度もすぐに目が覚めたのであるが、不謹慎ながら揺れている間じゅう、実は嬉しくて仕方なかった。一度も役に立つことはないだろうと思っていたのが、すぐさま役に立ったのである。はたして全ての家具は微動だにしておらず、約2万円近い出費ではあったが、十分に元が取れた感覚であった。

 この年になって今さらであるが「備えあれば憂いなし」を肝に銘じたしだいである。

夢があってこそ現実がある(2005.7.21)

 去る7月17日、ロボット技術を競う世界大会「ロボカップ2005大阪」において、サッカー部門で自律型2足歩行ロボットの「ヒューマノイドリーグ」で日本チームが連覇を達成したというニュースが流れた。世界的に見て日本は、2足歩行ロボットに強いとされている。その理由の一つに、「鉄腕アトム」の存在が挙げられる。大人になって技術者となった人たちが、子供の頃に見た「鉄腕アトム」が、「ロボットとは、かくあるべし」、と潜在意識に刷り込まれているというわけである。

 ロボットといっても、いろいろな用途があるわけであって、必ずしも2足歩行である必要はない。素人考えでは、2足歩行の技術だけでも、そうとうに難しいように思う。であれば、特に必要がなければ最初は2足歩行ではなくて、スターウォーズのR2-D2のような車輪型のほうが、はるかに簡単に思える。

 しかし、現時点において、ロボットは人間にとって、まだ「夢」の段階である。夢であるからには、それに取り組む人にとって理想形でなければならない。そうすると、やはりロボットは2足歩行でなければならないのである。

 先日の、NASAのディープインパクト探査計画の衝突の瞬間、探査機「ディープインパクト」から地球に届けられた画像には、衝突によって内部からチリやガスを放出する彗星の姿が捉えられていて、ひじょうに興奮を覚えた。実際とは大きく異なるのかもしれないが、思わず映画の「ディープインパクト」のシーンを思い起こしてしまった。映画に触発されて計画された探査計画なのかまでは調べていないが、なんらかの影響は受けていると思う。

 話はロボットに戻るが、はたしてロボットは今後どこまで進化するのであろうか?

 究極は、人間と区別がつかないほどのアンドロイドにまで進化することであろうが、そこに至る最大の壁は、やはり知能(AI)なのではないかと思う。すでに人工皮膚は、ほぼ見分けがつかないレベルまで来ているというし、動作についても、それを実現するメカ技術については、そう遠くない将来に完成されるのは間違いない。

 言い訳のように捉えられるのを覚悟のうえであるが、弊社の「大戦略」において、なかなか進化できないのが思考の部分である。お客様から、たびたび不満として指摘される要素なので、新作のたびに改良し続けているのであるが、受ける印象として、あまり進化がないように感じられているのが実情である。とうぜん、それについては、今後も最大限の努力を続ける所存である。

 かつて「大戦略II」を開発していたとき、深夜に一服して、ふと将来の「大戦略」像についてスタッフ全員で思いを語ったことがある。今だから言えることではあるが、後の「大戦略VI」までは、途中の段階を含めて、ほぼ想定することができていた。ネットワーク環境が整う時代が必ず来るはずで、そのときには世界中の人と大戦略を対戦できるようにしたい、という「夢」を思い描いていたのである。

 しかし、残念ながら思考の部分については、具体的な理想像を描くことができなかった。「大戦略」が生まれて今年で20年。20年後の理想像の一つとして、思考ルーチンの完成を目指して邁進していきたい。

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平成の名勝負(2005.7.19)

 久しぶりに「しびれる」試合であった。先週15日の福岡ソフトバンクホークスと西武ライオンズの試合である。先発は、ホークスは斉藤和巳、ライオンズは松坂大輔、まさに両チームの真のエース対決であった。松坂は誰もが認める日本のエース、そして斉藤は2003年に16連勝を含む20勝で最多賞など投手の三冠を達成し、今年も投げると負けないという神話が継続中である。

 ホークスはライオンズが大の苦手である。過去、優勝した年でも勝ち越したことが少ない。今までは相性というように割り切って解釈していたが、今年に限ってみると、絶不調のライオンズにあって、なぜかホークスには強い。やはり、そうとうなライバル意識があるとしか考えられない。ちょうど1週間前のインボイス西武ドームでのビジター試合では、松坂に手も足も出ない試合内容で完敗している。しかも15連勝中の記録も止められてしまった。今度はホームでの試合ということでリベンジをかけた試合であった。

 前日の練習において、ホークスの王監督は「松坂のストレートに的を絞れ」と檄を飛ばしたそうである。松坂が最も得意とし自信を持っているストレートを、あえて狙えというわけである。実は、ホークスの4番、松中はここのところ打てなくなり不調に陥っていた。常々、王監督からは「ストレートを打つことができてこそ真の4番だ」と言われて続けていた。それは現役時代の王監督がそうであったからに他ならない。自分と同じレベルに立つことができつつある愛弟子に対して、さらに高いレベルの目標を与えているのである。

 プロ野球選手の場合、そこそこにホームランを打っている打者は、どちらかと言うと投手の失投を逃さないのが鉄則である。人間であるから、どんなに優秀な投手であっても、1打席に1回は投げ損ないの球が来る。それが甘いコースに入って来たら、確実にホームランにできるのが長距離バッターの条件である。

 さて、その15日の試合であるが、ホームランの応酬で緊迫したシーソーゲームとなった。9回の表を終わって同点。ホークスの得点は全て松中の2発のホームランによるものであった。後攻のホークスの先頭打者は松中である。誰もが期待をかけつつも、さすがに今度は無理か、と思いながら手に汗を握った。最初の2球の変化球は、悠然と見送った。はたして、松坂の3球目、かなり厳しいコースの内角へのストレートが来た。その瞬間に振りぬいたバットから快音が響き、まさかのサヨナラホームランとなったのである。

ソフトハウスとパブリッシャー(2005.7.15)

 ひと口にゲーム業界と言っても、現在では、ひじょうに多様になってきていて、どういう形態が標準的なのか、ということについては、おそらく誰も答を持ち合わせていないだろう。いちおうパソコンゲーム業界のほうが、ゲーム機業界よりは先に生まれたのではあるが、ゲーム機業界は従来からの玩具業界の一部として成長したので、歴史のうえではどちらに一日の長があるかは一概に比較ができない。

 簡単にパソコンゲーム業界の構造を説明すると、弊社のようにゲームを開発して発売する「メーカー」があって、そこから製品を仕入れる「流通」がある。代表的な会社は、皆さんご存知のソフトバンクBB社であり、平たく言うと卸問屋である。その流通から全国の「販売店」へ製品が供給される仕組みになっている。

 最近は、店頭に製品を山積みする光景が見られなくなった。それは以前ほどに数量が売れなくなったということもあるが、やはり流通構造のIT化によるところが大きい。店頭に大量の在庫を置かなくても、POS管理をして売れた分だけ仕入れればよいわけである。このあたりは格段に効率化が計られているので、仮に店頭に在庫がない場合であっても、2〜3日以内には取り寄せができる仕組みになっている。

 さて、今年の4月27日に、弊社が加盟する任意団体「GFF」は、九州大学との連携協定を締結したが、その中核となる「レベルファイブ」・「サイバーコネクトツー」・「ガンバリオン」の3社は、ゲーム機用ソフトの開発会社ではあるが販売をしているわけではない。それぞれ大手の会社が販売元となっており、ひと昔前の感覚で言うと「下請け会社」ということになる。ところが、最近ではそう呼ぶのは相応しくない場合が多い。この3社は、その最たるもので、端的に言うと販売元の大会社は、まさに販売を専門にするだけであり、開発についてはその3社が主体的に行なっているのである。この形態を区別するために、販売会社を「パブリッシャー」と言い、開発会社を「ソフトハウス」と言う場合がある。

 この3社は、社長も含めて、まだ若い会社で、ひじょうに元気が良い。横で見ていて、頼もしい限りである。会社の歴史の長さこそ違うものの、弊社と少なくとも一つだけ共通するものがある。それは、地元・福岡へのこだわりである。レベルファイブの日野社長の口ぐせは、「福岡をゲーム業界のハリウッドに」、である。あくまでも夢ではあるが、あながち夢に終わるとは限らない。GFFの活動目標の一つに、福岡市を「ゲーム特区」にしようとも考えていて、すでに行政にも働きかけをしている。

 今後どうなるか分からないが、福岡の街からゲーム業界に新風を吹き込みたいと、3社とともに決意を新たにしている。

●GFFのホームページ
http://www.gff.jp/

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酒を飲む文化(2005.7.13)

 九州の人間は酒に強いと言われる。確かに東京の人との付き合いが多い私としては、そういうイメージに異論はない。しかし、同じ日本人という人種において、体質的に大きな差があるというのも、にわかには納得のできないところでもある。

 たまたまではあるが、今をときめく脚本家、テレビドラマ「タイガー&ドラゴン」でも有名になったクドカンこと宮藤官九郎のラジオ番組を聴いた弊社の社員によると、福岡の飲み屋のことが話題になったとのこと。その店名を聞いて驚いたが、私も含めて十数年前から弊社の社員がよく行っていた店のことであった。私にしてみると、東京には、いろいろな店があるので、そういう店は東京の人には珍しくないのでは、と思っていたのであるが、どうやら宮藤官九郎ご一行様には、ひじょうに新鮮だったようである。

 その店は、とにかく店員(男しかいない)も客(どちらかというと女性が多い)も飲むことが基本である。その飲み方も半端ではない。一気飲みなんていうのは当たり前で、例えば「直缶(ちょっかん)」というのは、缶ビールの底に穴を開けて、ほんの数秒で飲み干すという荒業であったりする。男性客はもちろんのことであるが、女性客にも容赦はない。店員と、ひたすら飲み比べなんてことが、ごく当たり前のように行われている。

 しかも、オカマバーのように、ときどきショータイムのようなものがあって、そのノリが最高で、店内は大いに盛り上がるのである。言葉だけでは説得力に欠けるが、とにかく男も女も楽しめる店なのである。

 さて、どうして九州人は酒に強いのであろうか? 私は、もっとも大きな差は、酒を飲む時間の差なのではないかと思う。東京で東京の人と飲んでいて、いつもかわいそうだなと思うのは、終電に間に合うように切り上げなければならないことである。電車がなくなるとタクシーしかない。でもタクシーで帰るとなると、ほとんどの人は1万円以上の出費を覚悟しなければならないのが東京の実情である。片や、福岡について言えば、飲み会のときは、ほとんどの人はタクシーで帰るのが一般的である。人によって差はあるが、遠い人でも数千円で収まる。ちなみに私は1,000円前後で帰れる距離である。

 中洲の店でも同様で、女性店員(ホステス)は飲むことが基本である。東京の店の場合には、飲むことはついでで、客とのおしゃべりが主体であったりする。そういう世界も有りだとは思うが、九州人には物足りない。

 かくして、そういうことの積み重ねで、酒に対する強さの差が広がったのではないかと、個人的には思っている。

 さて、以前にも紹介したが、この時節、博多の町は「博多祇園山笠」で盛り上がりつつある。そのフィナーレが7月15日の早朝5時から行われる「追い山笠」と呼ばれる行事である。それに参加する人はもちろんのこと、見物する観客も前日の14日から徹夜で飲み明かすのが慣例となっている。重さが1トンもある山笠を、全速力で約5キロメートルの距離を駆け抜けてタイムを競うのが「追い山笠」である。舁き手は26人であるが、それが目まぐるしく交替しながら走る様は、ひじょうにスリリングで迫力がある。

 最後に、話は戻って、クドカンがラジオで紹介した店であるが、店名くらいは紹介しても差し支えないであろう。その名も「ドロンパ」という。天神西通り沿いの第16ラインビルにある(住所は中央区大名1丁目)。興味のある方は、ぜひ一度、行ってみてほしい。

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電車男(2005.7.11)

 書籍や映画が大ヒットした「電車男」のテレビドラマが早くも始まった。元々は、あまり見るつもりはなかったのであるが、意外にも好評であったという評判を多方面から得たので、いちおう念のためにと録画しておいたのを見ることにした。事実は小説よりも奇なり、とはよく言うが、この「電車男」は、今までは想像もできなかった展開が、インターネット上の掲示板という媒体によって推進されたいう点において、まさに小説の上を行っている。

 かつての秋葉原と言えば、最先端の家電情報が集まる場所であったし、それに続いてパソコンの街として大いに賑わった。ところが近年になって瞬く間に大型カメラ店が躍進し、主役の座を奪って行ってしまった。もはや秋葉原もこれまでか、と思われたところに商魂たくましく、今度はオタクの街として生き残りを計ろうとしている。

 先日、同業者とともに、久しぶりに秋葉原を訪ねたが、その変貌ぶりに驚いた。秋葉原駅を降り立った瞬間に風景が一変していたのである。「オタク」のイメージではなくて、近代的な高層ビルが建ち並び、方向感覚を失ってしまった。かつては、毎月のように営業に足を運び、街の端から端まで足が覚えていたのであるが、その面影は路地裏にしかない。もちろん変わらない部分が大多数ではあるが、やはり駅を降りて第一歩の印象は大きいものがある。

 今後、秋葉原がオタクの街として、さらに繁栄していくのかどうかは分からないが、この秋葉原という街から「電車男」の物語がスタートしたという事実は、なにかを示唆するような気がしてならない。過去の経緯として、秋葉原は常に時代の最先端を行っていたことは間違いない。ならば、これからはオタクの時代になるのであろうか? さすがにそれはないように思うが、大きな変化が秋葉原の街から産み出されようとしているのでは、と駅前の高層ビルを見上げながら思いを巡らせたのである。

 さて話は戻ってドラマの「電車男」であるが、回りの女性に聞いてみると、想像していたよりも面白い、ということらしい。オタクの物語ということで、一種の怖いもの見たさで試しに見てみた、という人が多いようだが、そこはドラマのフジテレビの本領発揮で、しっかりと視聴者を引き付けるものを仕込んでいる。私の感想は、というと、今のところは想定の範囲内という感じで、可もなく不可もなくである。ただし、少なくとも「電車男」と「エルメス」のキャスティングは、映画よりも、よりらしいという点において上であると思った。今後、ドラマとしての味付けが楽しみである。

地震の教訓(2005.7.8)

 前回のコラムでイラク戦争の開戦日と「大戦略パーフェクト1.0」の発売日が一致した話題を取り上げたが、その3月20日と書いていて、ふと忘れかけていたことを思い出した。福岡県西方沖地震が発生したのも、その3月20日なのである。

 いちばん被害が大きかったのは、震源に近い玄海島で、報道では倒壊した家屋などの映像が伝えられた。そこからそんなに離れていない福岡市の中心街は、あまりたいした被害はなかったが、一部の限られた地域では、マンションや家屋が被害を受けた。その地域とは、福岡市で唯一の活断層とされていた「警固(ケゴ)断層」沿いの地域なのである。

 気にもしていなかったのだが、実は私の住んでいるマンションが、まさにその警固断層の真上だったのである。その日は日曜の午前ということで、まだベッドの中であった。突然の激しい揺れに、何が起こったのか我を失った。言葉ではこう表現するしかないのであるが、想像を絶する揺れであった。地震が起きたら、まずは火を消す、などと教えられているが、現実にはベッドにしがみついて自分の身を支えるのが精一杯で、何かの行動を取ることなど全く不可能であることが身にしみて分かったしだいである。

 揺れが収まった後に目に飛び込んで来た光景は、あらゆる家具が倒れてしまった惨状であった。また、そこらじゅうのマンションからは警報ベルが鳴り響き、不安感がいっそうかきたてられる状態であった。

 なんとか気を落ち着けて、なにを最初にするべきかを考えた。阪神淡路大震災のことを思い出して、まずは火事の危険があるかどうかを確かめる必要があると判断した。とは言っても、ベランダからの視界は限られている。とうぜんながら、電話は携帯も固定も通じない。ふとMDラジカセが目に入った。ラジオが聞けるはずだ、と思い付きさっそくスイッチを入れた。すると地震のニュースが繰り返し流されていて、今のところ火事は発生していないということだった。ようやくそこで落ち着きを取り戻し、その後は冷静な行動が取れた。

 さて今回、私が得た教訓は、まずは「情報」がいちばん重要ということだ。適切な行動を取るためには、まずは正確な状況を把握することである。そのためには情報源としてのラジオやテレビが必須である。幸いにして今回、電気は最初から通じていたのであるが、ガスは止まったままであった。しかし、実際にはそれは安全装置が稼動したためであって、それを解除する方法も放送で繰り返し流させていたので、それに従って回復することができた。私はこの機会に手動発電装置付きのラジオを買った。

 地震の直後には、知人や仕事関係の人たちから心配されて、電話やメールをいただいた。少しでも参考になれば、ということで今回の私の経験談と教訓について、それらの人にメールでお知らせした。すると、東京方面の方々からは、ひじょうに参考になった、という返答をたくさんいただいた。社内の人や家族に転送した、という人もいた。一方、東京以外の人の反応は、あまりなかった。やはり、いずれ東京には大地震が来る、ということを切実に感じているからなのだろうと、改めて思った。

 つい最近のことであるが、ある会社が実施したアンケートによると、阪神淡路大震災のときの経験上、役に立つものの一位はカセットこんろ、二位は懐中電灯、そして三位がラジオだったそうである。今回、福岡県西方沖地震ではガスと電気は止まらなかったので、そうすると三位のラジオというのは、やはり共通の認識のようである。

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タイムリー(?)なシステムソフト(2005.7.6)

 かつて「大戦略III'90」を1990年10月26日に発売したとき、その翌年の1991年1月17日に湾岸戦争が始まった。「大戦略III'90」は年末年始の商戦に合わせて発売したわけなので、ちょうどいちばん売れていた時期である。なんとそのときに開かれていた国会において、野党の議員から、「こういう時期に戦争ゲームを販売している会社がある」ということで、質問が用意されている、という連絡が当時の通商産業省から入った。会社は、上や下への大騒動になった。それまでメディアから批判めいた記事を書かれることはあったが、国会となると勝手が違う。

 しかし、そもそも戦争が起こったのは偶然であって、それを狙って発売したわけでもない。冷静に考えれば、とやかく言われる筋合いのものではない。事情を通産省の担当者に説明したところ、先方も、それはよく分かっていて、どんな些細なことででも足をすくおうとする野党の常套手段なので、心配はいらないということであった。

 いちおう念のためにということで、国会議事堂の近所に待機したが、簡単な質問があっただけで、それ以上の追及はなかったようである。しかしそのことが一部のメディアにはニュースとして取り上げられ、いちように「不謹慎である」、という論調であった。ところが、あまり大きな声では言えないが、その直後には、むしろ店頭での売れ行きが伸びたという事実もある。なんとも皮肉な結果ではある。

 さて、時代は変わって、2001年11月15日に、現代大戦略シリーズの一作目「現代大戦略2001〜海外派兵への道〜」を発売したわけであるが、発売を告知して、その過激な内容で話題になっていたところに9月11日の米国での同時多発テロが発生したのである。とうぜんゲームの内容とは関連性はなかったのであるが、これは「現実」に起こりうる「最悪」のシチュエーションだ、というキャッチコピーがテロを連想させたのかもしれない。一部のメディアでは、こじつけのような記事になったし、流通や販売店からも問い合わせが殺到した。売れ行きに影響したのかどうかは、はっきりと分析できなかったが、少なくとも話題になったことだけは確かである。

 そして極め付きは、2003年3月20日に開戦したイラク戦争のときに、「大戦略パーフェクト1.0」が同日の発売となったことである。このときは、ぴったりと日にちが一致したということで、そうとうな話題になった。と言っても、このゲーム業界の中だけの話ではあるが、湾岸戦争のときのエピソードを知る旧知の人たちから、次々に電話やメールが来た。「今回は、ドンピシャですね」とか「どんなコネを使ったのですか?」というような、本気とも冗談ともつかないような質問が相次いだ。

 はたして、その真相は.....


 これは後世のネタとして、しばらくは伏せておくことにしよう(笑)。

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「らしさ」のゲーム(2005.7.4)

 ひと口にゲームと言っても、ゲームによって、楽しみ方には千差万別の違いがある。また同じゲームであっても、人によって楽しさを感じる部分も違う。

 弊社のプロ野球シミュレーションゲーム「戦略プロ野球」シリーズは、「見てるだけゲーム」としても楽しむことができる珍しい存在である。ゲーム(試合)の途中で監督の立場になって、指示を与えたりすることもあるので、完全に見ているだけというわけではない。しかし突き詰めると、やはり見て楽しむ人も多いゲームなのである。これは単に強いとか弱いとか、勝ち負けという結果だけではなくて、現実のプロ野球のチームや選手の特徴が出ているような試合展開、つまり過程が重要なのである。豪快なホームラン攻勢で勝つチームもあれば、投手の粘りで地味に勝つことが得意なチームもある。その「らしさ」が、ひじょうに重要なのである。

 おかげさまで、「戦略プロ野球」シリーズは来年で10周年を迎える。なんとか続けて来れたのも、ゲームが表現している「らしさ」が受け入れられてきた結果なのではないかと思う。

 ところで、最近の大戦略においても、「見てるだけゲーム」として楽しんでいる人が目立つようになってきた。全ての陣営をコンピュータプレイヤーに設定することで、あとは展開を眺めるだけ、という楽しみ方をしている人が少なからずいるのである。本来の大戦略の楽しみ方は、自分で操作してコンピュータに勝つことのはずであった。しかし、それだけ多様な遊び方ができる、ということも大戦略の特徴なのかもしれない。

 さて、手前味噌でたいへん恐縮であるが、私が今までプレイしたゲームの中で、もっとも「らしい」展開をすることでハマッタのは、弊社の戦国シミュレーションゲーム「天下統一」である。たまたま初代の「天下統一」を発売した頃に、私自身が戦国時代の書籍に没頭していて、知識が豊富にあったというタイミングと重なったのではあるが、それであるがゆえに、いっそうその「らしさ」については太鼓判を押すことができた。どの武将でプレイしても、私が知りえている知識に、ひじょうに近い「らしい」展開をするのである。そして最後には、かならず天下分け目の大決戦で決着が付くという絶妙のゲームバランスである。

 そういうような話題を社内でしていたら、自称ゲーマーの女性社員が、「実は私の場合も、旦那がプレイするゲームを後ろで眺めるというのがゲームの楽しみ方なんですよ」とのこと。なんと、さらには、そういうゲーマー(?)もありなのか、と改めて感心したしだいである。

システムソフトの旗印(2005.7.1)

 システムソフト時代からの伝統(?)として、弊社のオフィスには、「天下統一」の旗印が常に飾られている。なんのことはない、戦国シミュレーションゲーム「天下統一」用に製作された、販売店用の販促グッズであるが、初代の「天下統一」のときに、「パソコンゲームで天下を統一するぞ」という意気込みもあって、飾り始めたのがきっかけである。

 当時、開発部隊は、福岡市の西部の室見(むろみ)という場所にあった。そのオフィスは、室見川という、しらうお漁で有名な川のほとりに建っているビルの1Fと2Fにあって、川の対岸には、しらうお料理の料亭が並んでいた。ちょうど、その頃、システムソフト社は札幌のハドソン社と交流を深めようとしていた時期であった。後に、ハドソン社の「ボンバーマン」などのタイトルを、パソコン用に移植して販売したりしたのである。

 ハドソン社の当時のE部長が、たまたまその料亭で食事をして、ふと対岸に目をやると、ビルの窓に赤色の布のようなものが、はためいているのに気付いた。よーく見てみると、「天下統一」という文字が読み取れた。福岡には、なんかすごいことを考えている会社があるんだなぁ、といたく感心したそうである。その直後に、システムソフト社の天神のオフィスをE部長が訪問したわけであるが、なんと先ほどと同じ旗があるではないか!

 そのE部長は、現在、ハドソン社の社長になられて活躍中であるが、私に会うたびに、そのときの話をしてくれる。よほど印象に残っているようである。後日談があって、システムソフト社を訪問後、東京に行って秋葉原を巡ろうとして電車に乗ったらしいのであるが、秋葉原に近付いて販売店のビルが見え始めたところ、なんとその「天下統一」の旗が、いたるところから目に飛び込んできたのである。「洒落でオフィス内に飾っているんじゃなくて、すでに秋葉原を征服しちゃってますね」と電話をもらって恐縮した思い出がある。当時は、「天下統一」の営業活動の真っ最中だったので、とうぜん秋葉原には大量に設置していたわけである。

 さて、弊社では毎年、桜の季節には花見をする。新人くんたちに場所取りをしてもらうのは他の会社と同じであるが、後で合流する社員への目印にということで、この「天下統一」の旗印を、花見の場所に立てることにしている。赤色なので、いやでも目立つので、便利ではあるが、少し気恥ずかしい思いもある。毎年、ほぼ同じ場所で花見をするので、福岡城の跡地である舞鶴公園に花見にいらっしゃる機会があったら、ぜひ、この旗印を探してみてほしい。

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